![]() スバリスト |
| 富士重工が作った、スバルブランドのクルマを愛用する人をスバリストと呼ぶ。 私は免許を取得以来22年間、カーライフの全期間に渡って、スバルのクルマに乗り続けてきた。 だから「スバリスト」を名乗り、少々大きな顔をしてスバルのことを語るが、読者の皆様方はこれを我慢して、多少アイタターな文章があっても、生あたたかーいまなざしと、ひろーい心でこれを許容しなければならない。 歴代愛車の記録はこっちでも紹介済み(リンク) |
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男の子ならだれでもそうだと思うが、幼少時の私は大のクルマ好きで、常にミニカーを手放さない子供であった。 その時期の私にとって、スバル車は全く馴染みがなく、ただただカッコ悪いだけの存在であった。 丁度初代レオーネ、レックスが現役の時期であり、叔父がブルーメタリックの初代レオーネクーペに乗っていたが、アクの強いデザインがどうにもいけ好かなかったことを覚えている。 その当時の私のとっては、端正なスタイルをしたセダン、クーペこそが正義であり、その対極にあったのが当時のスバル車だったといえる。 そんな私が好意的な方向でスバルを意識しはじめたのは、免許取得が目前となった高校生のころ。 初めて買った自動車雑誌は、「中古車情報」という、その名もズバリの中古車情報誌で、そこでいろんなクルマの情報に触れ始めてから。 この雑誌は、大部分のページが中古車屋の広告ページで占められているのだが、意外と真面目な読み物のページも充実しており、自動車の歴史などについて触れた企画も多く、元々歴史好きだった私は、スバルの歴史に魅力を感じはじめていた。 |
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![]() スバルレックスコンビVickyII |
| しかし最初のクルマ「スバルレックス」を買ったときは、スバルでなければという意識はなく(スバルに乗れればいいな、くらい)、偶々手ごろな中古車があったから、それがレックスだったから、という程度であった。 経済性と予算を優先に決めたこともあり、若干の引け目を感じていたこともあったが、想像以上の使い勝手のよさと、便利さに魅せられて、あっという間にスバルの愛好者となってしまった。 これはレックスであったからというよりも、最初のマイカーであったからというべきで、最初のクルマがアルトであったなら、今頃はスズキの愛用者であったのかもしれない。 当時の私は、教習車と軽トラ、父が乗っていたボロボロのコロナくらいしか知らない頃で、乗り比べができるほどの経験を持っていなかったから、不満を感じることもなかったのだと思う。 |
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![]() 子供の頃住んでいた、社宅の前で。 |
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![]() 3バカトリオなどと呼ばれ、今でも腐れ縁が続く友人T君、H君と。(全員未だに独身) レックスは、写真中央のT君に譲り、彼がしばらく乗っていた。 |
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![]() スバルレガシィツーリングセダン1.8Ti TypeS |
| そのレックスには2年半程乗り、次に乗り換えたのが「スバルレガシィ」であった。 この頃の私は堂々と「スバリスト」を名乗るスバルオタクとなっており、以前からスタイルも気に入っていたレガシィが欲しくて欲しくてならず、正に念願の購入といったところであった。 購入当初はとにかく嬉しく、あちこちで購入したことを言いふらしていたが、その話を聞いた人の全員が全員、もれなく全ての人が、「ツーリングワゴン」を買ったのだと勘違いするのには、非常に閉口した。 それだけレガシィといえば「ツーリングワゴン」というイメージが強く、人気も偏っていたからである。 今でも「オジンくさいセダンに比べワゴンは・・」などというキャンプションをつけて初代レガシィを紹介する人が居るが、私はセダンの方こそがカッコイイと思い込んでいたし、今もそれは変わらない。(ワゴンも好きよ) 初代レガシィは、昭和時代のスバルのイメージを一新し、今日のスバル人気を切り開いたエポッキングなモデルであったが、まだレオーネ時代のカラーも色濃く残っていたモデルであったと思う。 レオーネ世代からのスバリストからすれば笑止千万であろうと思うが、EJエンジンのボクサーサウンドを聞きながらウットリとして、これぞスバルなどといっていたものである。 このボクサーサウンドについて、購入直後に弟が「このクルマ、ディーゼル?」と聞いたことには非常に憤慨した。 確かに私もそんな感じもするなぁ・・と思わぬでもなかったが・・。 その10年後、弟が乗っていた、レグナムのGDIエンジンがカラカラ音を立て、バンパーが真っ黒に煤けているのを見て、「このクルマ、ディーゼル?」とからかい気味に聞き返して、この時の仇はちゃんとうっている。 この頃はまだ長距離ドライブの魅力を知らない頃で、遠出をしたのは友人と行った旅行程度だったか。 最後はスリップ事故を起こしてしまい、大破させて廃車。 |
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![]() スバルレックスカスタムL |
| 旧車趣味というジャンルを知り、またそういった市場があるということを知ったのは、冒頭で紹介した雑誌「中古車情報」であった。 この雑誌には、伝説の旧車専門店ともいわれる「スズキ城南・エスワン自動車」が毎回凝った広告を出しており、丁度レトロブームが起こっていた時期でもあって、企画物でもよく取り扱われていたと思う。 歴史好きであった私はこういった記事を好んで読み、少し後に専門雑誌「ノスタルジックヒーロー」の存在を知ってからは(当時は地元の書店では売ってなかった)、わざわざスバル特集号のバックナンバーを取り寄せたりしていたものである。 しかし、当時の私は実際に所有することなど思いもつかず、手を出してみることもなかった。 そんな私が手を出したのは、就職して若干の経済的余裕が出始めた頃。 この頃の私は実家住まいで、極僅かな食費以外は、すべて自由に使える状態であったため、割と羽振りがよかったのである。 たまたま個人売買で売りに出ていた旧車「スバルレックス」を購入、それなりに考えて購入したつもりであったが、維持費などの経済的項目ばかりを先行させて、維持の手間などはあまり考えていなかったような気がする。 しばらくはご機嫌で乗り回して楽しんでいたものの、オーバーヒートさせて焼きつきを起こしてからはもてあましてしまい、結果的に放置状態にしてしまい、実に勿体ないことをしてしまったものだし、色々と考えが浅かったと今でも思う。 |
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![]() スバルインプレッサリトナ |
| レガシィを事故で潰してしまった時期、私のスバル熱、自動車熱も冷めてきていたようで、以前程自動車雑誌などを買うこともなくなっていた。 当時のスバルは2代目レガシィが好調で、インプレッサも堅調に売り上げを上げていた時期である。 この時期のスバル車は、従来ブランドのイメージチェンジを図っており、スバルマーク(六連星マーク)を外して販売されていた。 そんな姿勢に、マニアの視線から反発を感じでいたのかもしれない。 この後、一転してスバルマークのブランド化を図り、成功したのは皆さんご存知の通り。 そんなスバルの姿勢に疑問を感じていながら、私が選んだのはやはりスバル車、「スバルインプレッサリトナ」であった。 2ドアクーペと名乗りながらも、実質的には4ドアセダンと同じフォルムを持ち、2ドアセダンというべきモデルであった。 この手合いは、ミラージュアスティ、サニールキノといったライバルが先発しており、手ごろな価格で買えるエントリーカーとして善戦していた。キャラは若干違うが、サイノスなどもそうだったのかもしれない。 この中で最後発であったリトナは新鮮味もなく、好評を得ていたスポーツモデル、ワゴンモデルの影に隠れて堂々たる不人気モデルとなっていた。 実際、私がカタログを貰いに行った販売店(スバルの特約店)では、リトナの存在自体を忘れてしまっていたし、その後ディーラーのセールスマンと商談した際も、消極的であまり感じがよくなかった記憶がある。(売ったことがないと言っていたような気がする) この時点でトヨタビスタ店のターセルも検討しており、価格やサービスでの魅力から、スバルにこだわる気もなくなっていたのだが、やはりスバルに乗りたいということで、結局リトナを購入した。 声高にスバリストなどを名乗っていた手前、スバルに乗らざるを得なかったのかもしれない。 ということで、リトナはレガシィのときとは違い、積極的に選んだクルマというわけではなかった。 それでもクルマの基本性能は高く、初めて乗るスバル4WD(AWDとはなにものだ?)の威力には感心したものである。 わざわざ主流からハズレるクーペモデルを選んだことは、はっきり言って失敗であったと思う。 使い勝手の悪さは相当なものであったが、そのことは承知の上で、好き好んで買ったものだから仕方がない。 とにかく人とは違う、ちょっと変わったクルマに乗りたいというのが、本音であって、私がスバリストなどと名乗っていた理由も、ここらへんに源流があるのかもしれない。 いわゆる中二病的な理由だったのかな。 前述のとおり、この時期のスバル車はスバルマークを取り外した状態で販売されていたが、オプション部品として設定されており、私はわざわざ注文して、スバルマークを取り付けていた。 確か1500円だったと思うが、執念深い私は未だに根にもって覚えている。 リトナは使い勝手が悪い、カッコ悪いなどと悪態をつきながら乗っていたものの、結局10年間使い続けることとなった。 期間の前半は年2万キロペースで使用していた時期もあり、途中ダイハツアトレーを購入して2台体制をとっていた時期もあった。 つまりこの時点で純潔な(?)スバリストとしての経歴は絶たれているのだが、あくまでメインはスバル車であり続けた。 |
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![]() 再びT君、H君。 T君が、H君に襲いかかろうとしているところ。 |
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![]() スバルインプレッサスポーツワゴン |
| リトナが大分くたびれて、特に燃費がやたらと悪くなってきたのに閉口しはじめた頃、私のスバル熱はすっかりと冷めてしまっていた。 気ままな20代も過ぎ去り、生活することにカツカツになってきて、趣味=クルマです、スバルサイコーです、違いが分かる男です、などと言っている余裕がなくなってしまったからだろう。 そんな私が次に選んだクルマは、またスバル車、「スバルインプレッサ」であった。 これは、たまたま好条件の物件を中古車サイトで見つけたことがキッカケで、別にスバルを条件に選んだわけではなく、積極的に選んだクルマというわけではなかった。 ただ、レガシィの時の思い出から、水平対向のマニュアル車には再度乗ってみたいという気持ちはあり、スバルへのコダワリも少しは残っていたのかなぁ、とも思う。 非力ながらも、かつてのレガシィを思い起こさせるフィーリングは結構楽しく、装備は充実、使い勝手もなかなか良かった。 なによりも価格は格安ともいえるもので、これが非常に嬉しく、また燃費も良好であり、トータルコスト的に見てよい買い物であったと思う。 スバリストの精神から言えば、維持費のことなどを云々ぬかすような者はフヌケということになろうが、この頃の私はスバル贔屓程度のマニアへと堕ちていたのである。 まだリトナに乗っていた頃だと思うが、父がクルマを買い換える際、新型車への興味からノコノコと、トヨタディーラーへとついていったことがある。 この時セールスマンが「息子さんも乗り換えませんか!」と、大量のカタログをくれたことがある、そのときに父が「こいつはずっとスバルばっかり乗っていて・・」と言うと、セールスマンの態度が明らかによそよそしく「警戒」の態度になったことがある。 めんどっちぃのがついてきたなあと思ったのであろう、以前の私なら面白がってめんどっちぃ態度をとったかもしれないが、この時の私は心の中で苦笑いをしただけであった。 |
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![]() 三度T君、H君登場。 何をしているのかは誰にも分からない、彼らの行動に意味などなく、理由も理屈もいらない子、である。 |
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| リトナからワゴンに乗り換えてから7年、新車登録から10年目の節目の年、私はまたクルマを買い換えた。 ワゴンはまだ乗れないことはなかったのだが、ポツポツと痛みが目立ってきており、そろそろ新しいのが欲しいなあという単純な理由で乗り換えた。 新しいクルマは「マツダデミオ」、久々の新車購入であり、遂にスバル車との別れの時がきた。 ![]() 「さらばースバルよー」 (これが書きたかった) インプレッサも検討したんですがねー、デザインがいまひとつ好みじゃなかったことと、現在の私の経済状況に照らし合わせて、今回は見送り、手ごろなクルマとしてデミオを選択した。 デミオ、まだ数百キロ程度しか走ってないですけど、いいクルマです。 サッシュレスドアじゃないけど、始動時に左右にブルンブルンふるえるような振動もないけど、へんちくりんなエンジン音もないけど・・・。 思い出ばかりに浸っているわけにもいかないが、私の悪い病気が出れば、次のクルマには再びスバルが返り咲いているかもしれない。 それにはまず、経済的な裏づけが必要ですがね。(宝くじでも買おうか) ここで度々出てきたT君に「マツダに換えた」とメールを送ったら、「堕落したな」と返信が返ってきた。 レックス・ヴィヴィオ・R2と、代々スバルを乗り継いでいる彼に言われれば、確かにそうかなと思わなくもない。 よっぽど彼の方が「スバリスト」なのかもしれない。 |
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