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なんともそっけない名前である。
先行して発売されていた500ccの小型車が「三菱500」と名乗っていたことから、それにあわせたのか。 同時期の軽三輪では、「レオ」というペットネームがついていたこともあり、もうすこしどうにかならんかったのかと思わなくもない。 1961年(昭和36年)4月登場時のラインナップは、ライトバンとパネルバンのみ。 1961年(々)10月にトラック(ピックアップ)モデル追加。 セダンタイプの「三菱ミニカ」が登場したのは1年半後の1962年(昭和37年)10月とかなり遅い。 商用車を先行発売させてから乗用車を追加展開するというパターンは他社でも例がある。 高度成長期で需要旺盛な商用車に対し、乗用ユーザーの財力がまだ育っていなかったということだろうか。 当時は法人需要が圧倒的に強く、オーナードライバーといえば商店主などの自営業者がほとんど、サラリーマンが自家用車を持てるのはもう少し後の時代。 写真は大分以前の2008年に撮影した三菱360バン。 当時で40年以上経っていたはずだが破壊の類が見受けられず、錆があってもしっかりと形が残っているところが嬉しい。 グリルまわりのデザインから、いわゆる中期型のモデルで、三菱360の中では一番よく見かけるタイプ。 |
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後ろからのカット。
写真の車は後部荷室ドアが、上下2分割の縦開きとなっている。 初期モデルのドアは横開きの1枚扉タイプ(ジムニー、旧ムーブなどと同じ)のみで、途中からこの縦開きモデルが追加されている。 縦開きドアは最後まで2分割タイプで、今のような1枚跳ね上げドアは未採用のまま。 横開き扉はスタンダードモデルにのみモデル終了時まで残っている。 |
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| 3枚撮っていたのでもう1枚。 車内には雑多な物がおしこまれていて、倉庫利用という王道的草ヒロスタイルをなしている。 今も残っていたらどんな姿になっているだろうかと思うが、さすがに残っていないだろうなあ。 そもそも写真を撮った場所を覚えていないのだが。 三菱500などと同様、前開きの扉を採用しているため、ドアノブが扉の前側についている。 今では何とも奇異に思えるスタイルだが、乗り降りがしやすいといわれ(足側の開口が大きい)、1960年代まではそれほど珍しいものではなかった。 しかし走行中ドアが開いた際などに危険とされたため、1970年代にはすたれてしまった。 そんな中、三菱360(ミニカ含む)は最後まで前開き扉のままで押し通しており、最後まで残ったトラックモデルについては、1972年まで生産が続いていたという。 よく調べたわけではないが、最後の前開き扉車ではなかったか。 |
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| 自動車整備工場だったか、建物の高い所に置かれていた初代ミニカ。 何だかよくわからない不思議な色あいでペイントされている。 テールランプ部の立ち上がりを指して、「羽ミニカ」と呼んでいる人がいたが、この時期の乗用車ではよく見られた定番のデザイン。 最後までこのデザインを残していたのは、ミニカとパブリカくらいかな。 ミニカは大型車をそのまま押し縮めたような感じのスタイルで、あまり洗練されているとは思えない形であるが、堅実な造りと使い勝手で、堅調にセールスを上げていた模様。 ミニカのセールスポイントとして、独立したトランクルームを持つというものがあり、ライバルのスバルやマツダキャロルにこの点で商品的差異をつけていた。 モデル後期になると、ライバルが新登場あるいはモデルチェンジを果たしたため急速に陳腐化してしまい、同じボディのままで水冷エンジン車を追加するなど、いささか強引とも思えるテコ入れを図っている。 |
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| ここからは世代毎の違いを見ていこうと思う。 写真のクルマは初期型のトラックモデルで、北陸の日本自動車博物館の収蔵物。 三菱360はライフサイクルが長かったため様々な仕様変更を受けているが、大まかなデザインイメージはあまり変わっておらず、グリルまわりについてのみ比較的大きなデザイン変更を受けている。 初期型の場合、フロントグリル周りが丸っこいデザインで仕上げられており、先に上げた中期型とは顔のイメージが随分と異なる。 グリルは金属プレスものだろうか、塗り仕上げの見た目がなんとも簡素で、共産圏のトラックを思わせるものがある。 |
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| 1964年(昭和39年)以降の中期モデル、トップに出した草ヒロと同時期のクルマ。 生産期間が長かったためか、よく売れていた時期だからなのか、草ヒロとして、あるいはマニアが大切にしている現役車として、比較的よく見かけるモデル。 写真はどこかのイベントに出展されていたクルマ。 この時期になると、ライトバンはスーパーデラックス、デラックス、スタンダードと3グレードにまで細分化されていて、細かい装飾や装備が違っている。 |
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| 1968年(昭和43年)以降の後期型。 ライトがグリルに埋め込まれるようなデザインとなり、黒く塗られたグリルと一体化したデザインになった。 このデザインは当時の流行手法であって、グリル周りのみいっぺんに近代化されたイメージとなった。 その他、メーターパネルやハンドルなども当時の新型風にリデザインされているのだが、全体的なイメージは変わっておらず、商品的にいかにもシンドイというイメージはぬぐえない。 そんな中、異例の大改良となったのが前述の水冷エンジン搭載で、ミニカの最上級車種スーパーデラックスにのみ水冷エンジンが搭載されることとなった。 当時の水冷軽自動車といえば、モデル際末期のマツダキャロルと、新参ダイハツフェローのみ、同時期他社も水冷化を目論んでいたものの商品化にまでは至っておらず、三菱が先んじる形とはなった。 とはいってもミニカの商品力には限度があり、搭載車も1グレードのみとあって試験的な要素が大きかったのではないかと思われる。 水冷ミニカが販売されたのはわずかに1年弱で、水冷エンジンとそのノウハウは、モデルチェンジをした2代目新型ミニカに引き継がれる。 写真はイベントの参加車。 おそろしく美しい状態のクルマで、見る限りフルオリジナルの状態、近づくのさえ恐れ多い気がした。 後席窓が上ヒンジで開くのも1960年代まで多く見られたパターン、私的には前ヒンジで後ろ側が開く、1970年代以降のパターンが懐かしい。 1990年代以降はハメ殺しで開かないものが殆どですが。 |
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| これも後期型のバリュエーションで、トラックモデル。 朽ちながらもナンバープレートらしきものがぶら下がっているが、長く動いた形跡はなく沈没状態。 1969年(昭和44年)に2代目ミニカが登場した際、セダンとバンは新型に置き換わり生産終了となるのだが、トラックモデルのみが継続生産となり、名前も「ミニカピック」と改まる。 前述したとおり、このモデルは1972年(昭和47年)まで生産されており、なんとも長生きだったモデル。 最期まで空冷2サイクルエンジン、前開きドア、ワイパーは助手席寄りに軸がある左拭きのまま。 ボンネットフードのヒンジが露出しているのも旧世代からそのまま。 ミニキャブの最廉価モデルより10,000円安かったらしく、価格が武器だったのだろうか。 今回古くさい、保守的みたいな事を繰り返し書いてますが、とくに悪意を持って書いているわけではないのであしからず。 三菱360&初代ミニカが登場したのは、軽自動車が爆発的に売れた軽ブーム(昭和40年代から)の前段階であり、そこに時期があわなかったことがイメージ的にマイナスになっている気がする。 とにかくこの時代は進歩と流行の変化が激しく、少し時間が経つと急速に陳腐化してしまうというのは珍しくなかったのである。 |
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| 広島福山自動車時計博物館の展示モデル。 今回の記事を書くにあたって写真を見比べていたところ、このクルマのグリルがなんだかおかしい。 ライト周りにおわん型のベゼル(枠)が付くのは中期型のはずだが、グリルの網目パターンは後期型のもの。 こういうモデルがあったのかもしれないと思い、自動車ガイドブックやら、ネット上の写真やらをいろいろ漁ってみたものの正体不明。 なんとなく部品同士の隙間が大きいような気がしないでもない、オーナーが好みでカスタマイズしたものだろうか? |
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| もうひとつよくわからんかったけど、分かったように結論付けた一台。 後期型の黒グリルを付けているが、ライトの後ろ側に中期型のライトベゼルが付いているように見える。 これについては、ライトベゼルに見えるのはライト取り付けベースで、本来黒塗りでグリル越しに見えないはずのものではないかと推測。 ボディの塗装をした際にボディ同色の明るい色で塗ったので、グリル越しに見えるようになったんかなと。 ライトについている三角針の手裏剣みたいなものはアフターパーツですね。(向かって右目は外れてしまっている) 役割は・・・かっちょいいからでしょう。 |
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| ちょっとひいてパシャリ、九州豊後高田の展示館で撮った写真。 左は水冷スバルR-2、ド派手なイエローボディがなんとも鮮やか、道路公団のキイロに見えなくもないが。 右が上でアップを上げたミニカピック。 |
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| おまけ 初期型のグリルパターンをまとめてみた。 今回の記事の中で初期型(前期)、中期、後期という表現を使ったが、いつものことで私が勝手につけた表現になるのであしからず。 この3タイプのうち、初期型モデルは1964年(昭和39年)までの製造で極端に古いためか、実車を見かける機会はまずない。 私の記憶にある限りでも博物館で見た今回の1台のみ。 反面中期型以降のモデルは比較的よくのこっており、私の子供の頃の昭和50年代でも現役車を見た記憶がある。(特にトラックモデル) 私の記憶ではサイドパネルがやたらと大きく、後輪を少し隠すようなデザインが間延びした感じの古臭いトラックだなと思っていた。 だから車名は知らなくても、ちゃんと三菱360と認識はしていたのだと思う。 すくなくとも似た形のマツダポーターとは明確に区別して認識していたはず、マツダB360と区別できてたのかよと言われるとチト自身がないが・・・。 はたしてここまでちゃんと読んでいただけているかどうか自信はないが、ようやく写真の説明に入ると、左から順に三菱360のグリルデザインの変遷となる。(初期型のみですが) 一番左が商用三菱360登場当初のグリル、乗用ミニカはまだ登場していない。 中がマイチェンモデル、日本自動車博物館の収蔵モデルがこのパターン。 追加発売された乗用ミニカにもこのグリルが採用されていて、乗用商用それぞれメッキ仕上げ、塗りなどのバリエーションがある。 右が初期型の最終型で、ウィンカーレンズがグリル組み込みから、グリル下へ変更されている。 以上ネット検索でもいろいろと調べてみたのだが、デザイン変更後も下位グレードでは変更前のタイプがそのまま残っていたりして、混在しているケースもあるみたい。 つまり極概略の追跡のみであとはギブアップです。 こういった変化変更というのは実に面白く、観察もまた楽しいのだが、記事を書くとなると大変な事このうえなく、必死こいて検索したり資料をひっくり返して調べてるんですがなかなか難しいのです。 今回も間違ってたらゴメンちゃいね。 |
| (2025.12.29) |
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