岡山いすゞ
1992年(平成4年)12月、いすゞ自動車が乗用車の自社開発から撤退することを発表した。
「バブル崩壊」という言葉が既に出ていたのかどうかよく覚えていないが、景気の失速後退が鮮明になっていた時期であり、こういった不景気な記事を頻繁に見かけるようになったのはよく覚えている。
その頃の私はといえば、就職を控えた時期であったが、滑り込みセーフと言った感じで、割とすんなりと内定を貰えて、就職したらクルマを買おうとか、ノンキなことを考えて、フラフラと遊んでばかりいた。

写真はそんな就職直前の時期、1993年(平成5年)春に撮影した、岡山のいすゞ販売会社の姿。
これほど車名を大書きした看板は昨今見かけないし、当時としてもちょっと時代遅れな感じもした。
たまたまシャッターを切ったのも、そんな雰囲気を残したかったからだろうと思う。

今調べてみると、「M」マークにも見える社章は1991年(平成3年)まで使用されていた旧デザインのもの。
屋上看板の車名ロゴも、昭和の時代に書かれたものだろうと思う。
手前のサービス窓口には117クーペの姿も見える。

OEMモデルも含め、個人向けの乗用車販売から撤退してしまった今、いすゞディーラーを尋ねる個人客は少ないと思う。
写真の店舗は岡山いすゞ自動車の本社社屋も兼ねていたようだが、その後市街地から離れた郊外の臨海部に移転している。
そして会社自体が統合されて、「いすゞ自動車中国四国」という会社になり、社名自体が過去のものとなった。

現在の同じ場所との対比。
この場所のその後の写真は、岡山に行く度に撮影しようと思うのだが、比較の写真を持っていくのを忘れたり、面倒になったりでいまだに撮影が出来ていない。
だからこの写真はグーグルさんのストリートビューから頂戴した。
撮影位置がかなりずれているが、我慢しなさい。

いすゞ店舗が建っていたところには、スーパーマルナカ(近畿・中四国では割とメジャー、岡山は山陽マルナカ)の大規模な店舗駐車場に変わっていて跡形もない。
手前の信号機の交差点表示は「高屋岡電前」。
岡電とは岡山の路面電車を運営する「岡山電気軌道」のことだが、当時も現在も鉄道の施設はなく、ハテナだったのだが、どうやら岡電のバス部門の営業所があったらしい。(覚えてない)
現在の写真のオートバックスの場所に、1999年(平成11年)までバス「高屋営業所」があったとのこと。

おまけ
今もジェミニオートの看板を掲げる販売店。
元いすゞの販売店なんだろうが、資本関係とかはよく分からないです。
ショールームのクルマは三菱車でした。

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