一枚だけの写真
かつて「ふぃるむ」を使って写真を撮影していたころ、私にとって写真撮影は大層お金のかかる贅沢な趣味であった。
「ふぃるむの一コマは血の一コマ」といった感じで、フィルム代をけちって期限切れ(期限間近ではない)のフィルムを買ってみたり、わざわざ遠方の「10円プリント」の店に行ったりしていたものである。
そうやってケチケチチマチマと撮影していた時代の草ヒロ写真は、一つの被写体に対して1コマか、2コマしか使っていないものが殆ど。
今思えばもっとたくさんのコマを使っていれば、ケチらずにちゃんと撮影しておけばと思う物件が少なくない。

今回の写真はそんな時代に撮影していた草ヒロ写真。
当時勤めていた会社の通勤経路にあり、毎日2回必ず顔をあわせていた、なじみの深い物件であった。
それなのに残っている写真は、ここに上げた一枚だけ。
当時でもミニエースは珍しい部類に入る被写体であったのだが、毎日見ているだけに、そのうち、またいつかと、半分は面倒がって撮影をしていなかったような記憶がある。
また、交通量が多くてカメラを構えるのが恥ずかしかったことも一因。
当時は私もまだ若くて分別もあり、羞恥心といったものを持っていたらしい。今はそんなもんくそ食らえです。
かろうじて残っているこの一枚は、フィルムが残っていたので程度に、気楽に撮った一枚。
その後も執着することなくスルーし続けているうち、ある日フッと姿を消してしまった。
農具の置き場として使われていたようだが、サビがかなり来ていたので老朽化によって撤去されたのかもしれない。

私の初期の草ヒロ写真には、こういった不完全燃焼的な思い出が残っているものが多い。
しかし今いくら悔やんでみても、いまさらどうにもならないわけだが。

このケチケチ精神はデジカメの導入によって解消された・・、と思いきや、なかなかその屈折した性根は改め切れなかったようで、初期のデジカメ作品はやはり数コマ程度しか使っていないものが多く、当時の作品を見返していると淡白な攻めに物足りなさを感じる。
これは「たくさんコマ使う=もったいない」というケチケチ精神の名残であると共に、当時のデジカメメディアのスペックにも関係がある。
最初のデジカメで使っていた記憶メディアは8MBのみ、これは当時としてもプアーすぎる装備で、のちに買い加えていったものの、遠出したときなどはメディアの残容量を常に気にしながら撮影していたものである。

写真はフィルム時代最末期の作品。
この撮影の少し後、1999年秋に初めてのデジカメを購入しているが、ズーム機能がない廉価機種ということで、望遠レンズの付いたフィルムカメラもしばらく並行して使用していた。

クルマはマークII。
2ドアハードトップだったようなおぼろげな記憶はあるのだが、今となってはハッキリしない。
今だったらふんだんにコマを使って撮りまくっていると思うが、フィルムカメラ時代の私の扱いはこの程度であった。

これはデジカメ導入後、最初期の作品。
上述の通り、しばらくはフィルムカメラも併用していたが、すぐにデジカメの使用がメインとなり、2002年頃にズームデジカメを導入してからは完全にフィルムカメラとは縁が切れてしまった。

これも先に書いたが、初期のデジカメ作品は使用コマ数が極端に少ないものが多い。
このトヨエースの写真もフロントマスクの一枚のみで、最低でも前後1枚ずつという掟すら守れていない、極悪非道な撮影手法。
撮影コストがゼロのデジカメでそこまでケチらずともと、当時のマヌケな私の行動に対して忸怩たる思いがするが、これもいまさらどうにもならない。
デジカメの導入は撮影コストの面で画期的なことであったが、電池の持ちだとか(すぐになくなる)、持ち出せるメディア容量(今では信じられないくらい小容量)、保存する親PCのHDD容量(2GBくらいだったかなぁ・・・)等々、結構色々な制約というか、障害があったのである。

被写体は3代目のトヨエーストラック。
子供の頃の私は、カバみたいな顔だなと思っていた。
やはり当時でもそうそう見られるクルマではなかったと思うのだが、個人的に「萌え」を感じなかったのか、それほど執着しなかったらしい。
後ろのミニキャブなんかは、あーた、釣りで言う「外道」扱いでしたなー。