井笠鉄道
今秋、2012年(平成24年)をもって、岡山県に本社がある井笠鉄道株式会社が解散することが発表された。
同社は鉄道会社を名乗るものの、実際に鉄道を運営していたのは40年以上前の1971年(昭和46年)まで、鉄道廃業後はバス事業を中心に存続していたのだが、昨今の経済状況の悪化、経営環境の悪化により廃業の憂き目を見ることとなった。

私は同社の鉄道はもちろん、バスにすら乗ったこともなく、実際の接点は全くなかったのだが、歴史マニア、鉄道マニアという視点で色んな書物を読み漁っていた経験が有り、社名と歴史については親しみを感じていた。

今回は、僅かに私が触れてきた井笠鉄道の遺産について紹介してみようと思う。
トップの写真は、兵庫県姫路市内某所に保存されていた井笠鉄道の7号機関車。
7号機関車は1925年(大正14年)に導入された、ドイツ・コッペル社(正式にはもっと長い社名なのだが、私にはコッペルで十分だ)製の小型蒸気機関車。
井笠鉄道は軽便鉄道と呼ばれるミニ鉄道なので、一般に認知度の高い国鉄型蒸気機関車と比べるとかなり小さい。
遊園地の遊具のような感じもあり迫力には欠けるが、ユーモラスなイメージで愛嬌はある。
この写真は2000年(平成12年)頃に撮ったもので、パチンコ店の駐車場の一番奥手に、案内看板もなくひっそりと置かれていた。
何故パチンコ店の駐車場に置かれていたのかは知らないが、井笠鉄道が無煙化された1960年代に、くず鉄として流れてきたものらしく、姫路市内を転々とした後、ここに置かれていたらしい。
塗装はキレイだったものの、あまりにも素っ気無い展示の仕方に、いささか寂しい感じがした。

次は井笠鉄道の廃バス。
これまでにも何度も書いたが、私はバスの形式等については全く無知で、関心も薄い傾向があり、このバスについても数カットをラフに撮影したのみ。
そんなことで愛情もなく、適当に撮ったままお蔵入りしてしまっている、廃バスの写真が結構ある。
今回はそんな長期在庫の中から穿り出してきた一枚。
鉄道ネタだけだとあまり見てもらえないので、マニヤな皆様へのサービスカットという意味合いもある。
サービスになっているかどうかは、私自身にも自信がないが・・。

おふざけからちょっと話を戻して、機関車と廃バスに付いているそれぞれの社紋の写真。
井笠の文字を組み合わせた極単純なデザインであるが、歴史を感じさせるデザイン。
両者では笠の字の書体が僅かに違うかな?
鉄道を廃業後も「鉄道会社」を名乗るというのはおかしい感じもするが、「鉄道会社」というブランドは価値が高いようで、同様な会社が他にも存在する。

同じバスに近づいてのカット。
扉の部分に、事務所という文字が入れられており、建屋代わりに使われていた模様。
役目は既に終えたらしく、草むらの中で静かに朽ち果てようとしていた。

井笠鉄道本社

よく岡山あたりをウロウロしていた時期、偶然見つけた井笠鉄道の現・本社社屋。
冒頭歴史に興味有りなどと書いたが、興味の対象は井笠鉄道に限ったものではないので、特別井笠鉄道に詳しいというわけではない。
軽便鉄道や、森林鉄道に強い関心を持っていた時期があり、そのときにマニア向けの専門書で読んだ程度。

本社のまん前に置かれている保存車両。
1932年(昭和7年)製のホジ9号気動車。
木製のボディがなんとも古めかしいが、1970年代まで営業に供されていたのは立派というか、驚き。

最後にもう一枚、7号機関車の写真。
ミニ機関車とは言いながらも、自動車と見比べるとやはり大きい。
この機関車は、その後長野県の保存施設に移されたとのこと。

ネット上には、ホリデー号なるペイントを施された、同じ機関車の写真が存在する。
これは姫路市内にかつてあった、ホームセンターホリデーの敷地で展示されていたころの名残。
その当時の姿を見たような、見てないような・・。

ホリデーは市内で店舗を展開していたらしく、数年前まで姫路青山に最後の店舗が残っていたが、廃業して今はない。
ホリデーが出来る前に、アポロロケットの模型を置いた結婚式場があったんだけど、覚えている人居るかな?
網干にあったロッキー、相生のキヨハラとか、よく行ったもんだねぇ、懐かしい。
と、最後はローカルな話題で締めてみる。

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