冷たい雨が降る、晩秋のうすぐらーい峠道で発見した、明るい色の廃車体。
色あせてはいるものの、タイタン、クラフトなどでおなじみの黄緑色のボディカラー、荷台部分が失われて妙な姿になってしまっているが、マツダのライトトラック、初代プロシード。
全く同じ色なのか、近似色なのかは知らないが、前述の二者に加えて、ポーターキャブにも同じ塗装が採用されていた時期があった。

私の世代では、平成初頭に販売されていたRVモデル、プロシードマービー、キャブプラスと、スズキエスクードのOEMモデル、プロシードレバンテの記憶が強いが、初代モデルは至って普通の、商用1t積みモデル。
生産は1965年(昭和40年)から1977年(昭和52年)まで、長期に渡って作られた割に現存数は少なく、現役、廃車体ともにまず見かけることがない稀少車。
この当時、このクラスの王様はというと、伝統と実績のダットサントラック。
それにトヨタのハイラックスという二大ブランドがあり、この二者に比べると、プロシードの販売量は少数だったのではないかと思う。
それがそのまま現存数という数字につながっているわけで、いまだに中古車市場によく出てくるダットラに比べて、プロシードを見かける機会は実に稀である。

但し、プロシードは海外向けの販売が好調だったことも有り、日陰者の不採算な車だったというわけではない。
特に北米では、ロータリーエンジン搭載モデルまでラインナップしていた時期もあり、マツダの力の入れようが伺える。
ここら辺は、以前紹介したいすゞファスターなどの事情とも似ているかな。

僅かにアングルを変えて、もう一枚。
このクルマを発見したのは既に10年近く前のこと。
当時でも相当に珍しいモデルという認識はあったのだが、撮影している写真は2枚のみ。
既にデジタルカメラは導入していたものの、フィルムカメラ使用時の習慣が残っていた時期で、一つの被写体にたくさんコマを使うという撮り方は、あまりしていなかった。

現実的な話として、メモリー媒体の、コンパクトフラッシュの容量に限りがあったという事情もある。
数百円で大容量のSDカードが買える時代じゃなかったのだよ・・。

荷台が剥ぎ取られているのは、部品とりにでもされたのだろうか。
それ以外の部品は見る限り全て健在。
なくなりがちな、ホイールキャップや、フェンダーのエンブレムなどもキレイに残っている。
はっきりと、フロントマスクを捉えられなかったのは残念。
フロントマスクの造形が、商用車の割りに立体的なつくりをしており、シンプルでありながら表情があって私は好きなんですがね。

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