大連駅

中華人民共和国 大連 2008

齢30を過ぎ、不惑40代にも手が届こうという年になってなお、「ヒコーキ」とかいう乗り物に乗ったことがないというのが私の自慢であり、冗談話のネタにも良く使っていたのだが、2008年の初夏、会社出張で中国大連へ行く事となり、嫌でもヒコーキに乗る羽目となってしまった。
ヒコーキもさることながら、外国にいったことがない私には実に不安で、仕事の内容も不具合保障(自動車メーカーでいうリコールみたいなもの)の対応という、いかにも厄介そうな内容。上司の「大丈夫、なんとかなる」という無責任な励ましの声に送られて、単身嫌々出かけることとなった。

こわいこわいヒコーキはなんとかクリアして、大連空港に無事着陸。
軍民共用空港なので写真撮影は一切禁止。広大な敷地内には人民解放軍のジェット戦闘機が見え、その向こうには低いレンガ塀と、昔ながらの民家が低い軒を連ね、遠くまで立ち並んでいるのが見えた。
この光景と、深緑色の制服を着て直立する中国人警官の姿を見て(軍人なんだろうか?)、本当に中国、外国に来たのだという感慨がわいてきた。大げさな話ではあるが「外国というものが本当に存在しているのだ」、という感動を覚えた。これは冗談で書いているわけではなく正直な感想である。

ともあれその日のうちに大連市内某所に移動、現地で落ち合った韓国人エンジニア2名と仕事を開始。
助かったのは二氏がそれぞれ韓国語と日本語、韓国語と中国語を話し現地中国人と意思疎通ができたこと。
現地で対応してくれた人が日本企業の日本人であったことであり、何かと便宜を計らっていただき、なんとか現地での仕事を終えることができた。
仕事の話はこの程度でオワリ。

現地には4日間滞在したのだか、宿泊したホテルは大連駅前にある大きなホテル。
日本人客が多いとのことで、従業員は簡単な日本語なら解する人が多く、日本人係員も何名か居た。
夕方の時間帯と、4日目の午前中にいくらか自由な時間があり、大連の市街地を少し散策することができた。

大連市街は近代的な高層ビルが立ち並ぶ巨大な都市、大量に走る車は新しいものが多く、最新型の車もふんだんに走り回っている。
街は活気に満ちた人達で満ち溢れ、ショッピングセンターには高額な商品が並んでいる。昔の人民服を着たような人は、一度も見かけることはなかった。

事前に知ってはいたものの、中国といえばNHK「シルクロード」に写ったようなイメージが根強く残っていた私には、かなりイメージギャップがあり、北京オリンピックを目前に控え、活気に満ちた中国人のパワーにただただ圧倒されるばかりだった。

初めての海外体験、なにもかもが珍しく、写真をとりまくってきたので、自動車の写真を中心にご覧いただきたいと思う。

フォルクスワーゲンサンタナ

日本でも日産がノックダウン生産していた懐かしいVWサンタナ。
中国の市街地を写したテレビ番組、写真等では頻繁に写りこんでおり、私の中では中国のイメージが強い。

現地では現在でも生産継続中とのこと、タクシーとして、自家用車として頻繁に見かけた。

シトロエンZX

現地のタクシーで幅を利かせているのは、日本ではなじみの少ない欧州車や韓国車。
現地生産車が多いとのことだが、タクシーについては日本車の数は圧倒的に少ないように思った。

フォルクスワーゲンジェッタ

これまた懐かしいVWジェッタ、サンタナほどではないもののタクシーとして頻繁に見かけた。
これもまた現地生産車で、モデルチェンジした新型車と共に、現在も生産中とのこと。

後方大連駅は、2階車寄せ部分が駅のエントランスとのこと。ホームに入れないかと扉の前まで行ったが、武装警官が厳重にボディチェックを実施しており、とてもじゃないが入れる雰囲気ではなかった。
北京オリンピックを控え、交通機関ではとくに警備が厳しかった模様。

3輪タクシー

大連駅前に並ぶ小型タクシー。
通常のタクシーに比べて料金が安いとかで、割合的には少ないものの、まとまった数が走っている模様。
2サイクルエンジン車らしく、白煙を上げながら走っているが、まわりの車に比べて小さい分、見ている側からも怖い感じがした。

トロリーバス

大連駅前に入ってくるトロリーバス。
初めて見る代物で、架線と繋ぐ集電ポールの動きが実に興味深く、思わず見入ってしまった。

市内バス

上のトロリーバスもそうだが、触覚のように生えたバックミラーが面白い。
ヨーロッパ、韓国などでもこのタイプが多いようだが、日本ではなぜないんでしょうね。もっとも私は日本タイプのものの方が好き。

運転手は女性、携帯電話でなにやらお話中。
片手一本の運転で、器用に発車していった。


朝の大連駅前

かつて一姫二泉(和泉)などという言葉で、運転マナーを揶揄されていた時代があったが、中国の運転マナーはその比ではない。
とにかく荒くて乱暴、車間距離はとらないし、割り込み上等、警笛鳴らしっ放し、歩行者も信号無視は当然といったところで、とにかくやったもの勝ち、早いもの勝ちという感じ。信号などのインフラ整備も十分でないように思えた。事実事故も多いらしく、長からぬ滞在中に2回も追突事故の現場を見た。

歩行者が道路を横断する際は、ものすごい勢いで突っ込んでくる車の合間を計りながら走り抜けるという感じ。
日本と違う右側通行ということも有り、道路を横断するのが非常に怖かった。
あまりに怖かったので、同じ方向へ渡る現地の人を待ちうけてその後ろにピッタリとくっ付き、タイミングを計ってようやく渡るという有様であった。

路面電車

大連市街を走る路面電車。
大連は日露戦争後に日本統治が始まり、戦前は満州国への入り口として栄えた都市。
我が家では日中戦争の折、祖父が兵隊としてこの地を踏んでいるらしい。
ながらく私は「タイレン」と呼ぶものと思っていたが、現在の日本語読みは「ダイレン」、調べてみると戦前には「タイレン」と呼ぶこともあったらしい。私の覚えた読みは戦記ものかなにかが出典だろうか。

路面電車は日本時代から整備が始まり、今でも当時の車両が現役という。
上段の車両はその日本時代の車両だろうか?おでこの行き先表示機はLEDタイプのものとなっている。下段はいかにも新しそうな近年導入と思われる車両。

残念ながら乗車する機会はなし、乗ってはみたかったのだが、一応会社業務出張の身、なんらかのトラブルがあったら面倒ということで小心者の私はじっと我慢の子。
バスも路面電車もどれもが満員御礼という感じで、チャレンジしてみようという気がわかなかったのも一因。

3輪乗用車

上で紹介したタクシー3輪車よりも新しく、洗練された感じの3輪車。
タクシー以外、自家用車として使用されているもあるようだが、さらに数は少ないように思えた。
既に書いたが、交通の流れが速く乱暴なので、なりが小さく、いかにも不安定そうなこの車の走っている様子は、見ているこっちがハラハラする。

オート三輪

前半分がオートバイタイプの3輪トラック。
これも結構な数が走っていた。かつて日本でみられたオート三輪とは違い、あくまでオートバイの派生形という色合いが強いらしく、後輪はデフなしチェーン駆動というものが多いように見受けられた。
上の写真、運転者の右後方に、オートバイなどでよく使われるチェーンロックが掛かっている。
興味を持ってよく観察していたのだが、この手の三輪車には必ず携行されているようだった。
車と違い、防犯の対策といえばこれくらいしかないからだろうか。

シャレード

これまた私の世代には懐かしいダイハツシャレード。
中国で走っているのは現地生産車で、「夏利(シャーリー)」と称す。
かつての報道番組などでは、市街地の情景の中に必ずこれが写りこんでいた印象があったが、近年の爆発的な自動車普及に伴い、次第に影が薄くなっている模様。
前後の灯火類とグリルのデザインを変更したものが、現在でも生産継続中。
それでも全体のふっくらとした車体のイメージと、リアホイールの特徴的なデザインは健在。

スズキキャリィ?

キャリィかエブリーか分からんけど、左ハンドルである以外、見た目は日本仕様そのもののスズキの軽バン。
これは日本からの輸出車なんだろうか。

この他にも日本の商用車は多く見かけたが、とくによく見かけたのはトヨタハイエース。これにはトヨタマークを付けたものと、「JINBEI」なるマークを付けたものがあり、これはライセンス生産車だとか。
この他現地メーカーによるコピー商品も相当数出回っているらしいが、私にはよく分からなかった。

スバルレガシィ

現行レガシィ、このほか現行のフォレスターを何度も見かけた。

私としては、スバルレックスの中国現地生産車「雲雀(ウェンチュー)」の姿に会えることを楽しみにしていたのだが、終ぞ遭遇できず。
もともと生産量が少ないうえに、昨今の発展のなかで、旧式な小型車の姿など省みられることもなく消えていってしまっているのだろう。

フォルクスワーゲンパサート

公安、すなわち警察車両。
日本のパトカーとは違いスマートな塗装、未来警察ウラシマンにでも出てきそうなカラーリングである。
市街では公安車が頻繁に走り回っており、あちこちで何度も見かけた。
車種はサンタナ、ジェッタといったVWが多いように思ったが、ニッサンブルーバードやBUIKE(やはり現地生産車だとか)なども見かけた。
日本の警察とは違い一人乗りのものが多く、前ガラス以外を全面スモークにしているものもあった。

旧南満州鉄道本社社屋

今回の出張にあたり、できれば見ておきたいと思っていた場所がここ、旧満鉄本社。
いまさら私から説明する必要もあるまいが、近代日本と日本人の歴史にとって、もちろん中国にとっても大きな意味を持っていた場所である。
ホテルで貰った市内地図には「満鉄史跡」として載っていたが、中国での市街地図には特に掲載されているものは少ないようであった。

何とか時間に余裕があり、念願かなって行ってみれば、存外に小さい建物で少しがっかりした。
それでも実際に当時の建物を見ることができたし、満鉄マークの入ったマンホールのフタなども見つけることが出来たので、十分満足した。

この建物は現在でも鉄道の施設として利用されているとのこと。

旧大連ヤマトホテル

満鉄ビルとは逆に、期待以上だったのが中山広場にあるヤマトホテル。
満鉄経営のホテルとして建てられたこの建物、実に重厚で歴史を感じさせるすばらしい外観だった。(中は見てない)
事前にネットで見た写真では屋上にドデカイ電光掲示板が上がっており、いかにもおかしくて、期待していなかった事もあると思う。
この中山広場は広場をロータリーとして、日本時代からの歴史的な建物がズラリと並んでいるのだが、放射状に伸びる道路の横断が恐ろしく、また面倒でもあったので一点からグルリと一瞥したのみで済ませた。

日式 銅鑼焼

これは私にも分かるぞ、読めるぞ、ドラヤキだ。
繁華街で見かけたドラヤキ屋さん、店舗のスピーカーからは日本語の歌「とってもだいすき・・」という例の歌が流れていた。

にぎやかな繁華街でもゴミがあまり落ちていなかったことが印象的。これは緑とオレンジの上下、背に大連市と書き込まれた制服を着込んだ清掃人が至る所で働いており、この人たちのお陰らしい。
市街地ではかなり頻繁に、ハイウェイの上でもゴミ拾いをしているのを見かけた。

街頭床屋

近代的であわただしい大連も、すこし旧い町並みに入ると雰囲気が一変する。
仕事をしたのはかなり郊外の某所で、道路はガタガタで水溜りがそこここに有り、住宅は古く、道行く人も粗末ななりをした人ばかりで、市街地とは相当なギャップがあった。
そんなところでも政府機関の建物は清潔で立派、ちゃんと空調も効いていて雲泥の差という感じであった。

写真は街頭で商売する散髪屋、送迎バスで都合3回ここを通ったが、3回ともちゃんと客がついていたのでなかなか繁盛しているらしい。
ひだりに写っているワゴンRは、日本の軽規格のものだろうか、小型版の方だろうか。

百事可楽

ペプシコーラの中国版、飲み口は懐かしいプルトップタイプ。
ホテルはツインのシングルユース、大きな液晶テレビが備えられており、衛星放送でNHKが見られた。まさか中国で「半井タン」にお会いできるとは思わなかった。
浴室の備品は日本式で、使い捨ての用品が一通りそろえられていて快適。
朝食はバイキングで和食メニューもあり、とても美味かった。
給仕が常にコーヒーを注いでくれるので、私は椀子そばのごとく何杯も飲み干さねばならず、皿が空になるとさっさと下げられてしまうので、「まだ食うから待て」と言いそうになった。

つまるところ庶民の私には身分不相応な感じの宿であり、場違いな感じがした。

ずばりサントリーのウーロン茶

本場物はやはり味が違う、ような気がした。
駅前のコンビニ、というか雑貨店のようなところで購入。
3.5元、日本円で約50円だから、日本との単純比較としてはやはり安い。
この他にも、菓子などで日本でおなじみのブランドを見かけたが、全て現地生産のものであった。

空港で見かけた自販機

日本ならどこでも見かける自販機だが、中国では全く見かけない。(これは日本の状況の方が異常なのかもしれない)
繁華街でかろうじて見かけた一台は、殆どが売り切れで、あまり利用されていないようであった。
この他空港で2台ばかり見かけたが、この自販機には富士電機という社名が大書きされており、お金を入れてボタンを押すという説明が書かれたステッカーが貼られていた。普及のためのデモンストレーションという意味が強いのだろう。
KIRINのFIREコーヒーを買って飲んでみた。5元だから日本円で70円くらい。やはり現地生産のものであり、日本で飲むものとは味わいが違うような気がした。甘みは抑えてあったように思う。
しばらくこの販売機の近くに座っていたが、誰も買う人はなし。

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