宇高連絡船伊予丸


伊予丸は本四を結ぶ国鉄宇高連絡船として昭和41年就航、昭和63年の航路廃止まで鉄道連絡船として活躍した。
船内には鉄道車両が積み込めるようにレールが敷かれており、貨車等を航送していた。
船体のオレンジは伊予の蜜柑をイメージした塗色。
廃止後フィリッピンに売却されたとの話を聞いていたが、色々な経過を経て平成5年まで国内に係船されたままだったらしい。

写真は平成5年5月22日、兵庫県姫路港に寄港した際の撮影。新聞に寄港の紹介記事が載っていたのを見てノコノコ撮影に行った。
姫路港で通関手続きを受け、5月25日に売却先の中国上海へと旅立っていったという。

未だ連絡船として活躍していたときに一度だけ乗船したことがあったが、この時の再会では随分船体が痛んでいた。
もちろん乗船は出来ず、外から船体を眺めたのみであるが、連絡船当時の看板や広告がそのまま残っており、船体の痛み具合と併せて侘しい雰囲気をかもし出していた。
船尾には伊予丸の表示がそのまま残っていたが、船籍表示は「PANAMA」となっていた。
その上にはJR時代の「高松」という表示、さらに消されてはいたものの、国鉄時代の「TOKYO」という浮き出し文字がはっきりと見えた。
後方から 現役当時の伊予丸
昭和63年高松港

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